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No.06 誰もが安心して社会参加できる世の中に向けて

教員による医療安全の提言シリーズ ⑥

誰もが安心して社会参加できる世の中に向けて

滋慶医療科学大学院大学
助教(博士・人間科学)
岡 耕平



 私は、障害や病気で困難をかかえた人の生活・学習・就労を支援するための、具体的な方法や仕組みについて研究しています。いろいろな障害や病気があっても、「社会参加できることが当たり前の世の中」にしたいからです。

 意外なことに「人間は誰しもが障害者になる」ということが世間であまり認識されていません。いま元気な人でも、明日事故に遭って歩けなくなるかもしれません。以前のように考えることができなくなるかもしれません。事故でなくても、歳をとれば視力は低下し、耳は遠くなり、視覚や聴覚に障害が起きやすくなります。認知症も、困り感としては知的障害と同様です。多くの人は将来、何らかの障害者になるわけです。

 ところで、この「障害」という概念は結構やっかいです。1980年にWHO(世界保健機構)は「国際障害分類」を定めました。この分類は一般的に障害の「医療モデル」と呼ばれています。障害は3つの段階で整理されています。

 ① 脳や身体の物理的な異常といった「機能・形態障害」
 ② 話す事や歩くことができないといった「能力障害
 ③ 社会的な活動や就労などができないといった「社会的不利」

これらが順番に因果関係をもって起こるとされました。

 しかしながら、この分類には欠陥がありました。機能障害がなくとも社会的不利を被る人たちがいるという矛盾や、障害をネガティブなものとして捉えているのではないかという批判が生じました。「医療モデル」では、障害はあくまでそのひと個人に帰属するものとして認識されてしまうわけです。(左図) 

 そこで、WHOは2001年に国際生活機能分類を新たに制定しました。「医療モデル」に対して、「社会モデル」と呼ばれています。心身機能と背景要因(個人因子および環境因子)との相互作用の結果、活動や社会への参加が阻害される状況を障害と考えることにしたわけです。

 ここでいう障害とは、自身と社会の関係性を妨げる壁のようなものです。社会モデルでは、個人が置かれた状況や個人特性と環境とのミスマッチにより障害が生じるということになります。(右図) 逆にいうと、個人特性と環境とのマッチングがうまくいけば、障害が低減されるということになります。



 障害の概念はこのように「医療モデルから社会モデルにシフト」しています。しかしながら、医療現場ではまだまだこの社会モデルに基づいた障害観が浸透していません。医療モデルだと、その人をどうやって治療するか、治療できないならその人をどうリハビリするか、という「どうやって人を環境に合わせるか」という発想になります。重要な考え方ではありますが、現在の医療技術では「完全に治ることがないからこそ障害」なわけです。

 それよりは社会モデル的に「どうやって環境を人に合わせるか」の方が確実に効果があります。例えば、皆さんは眼が悪くなったときにどうしますか。眼を鍛えてリハビリしますか、それともメガネやコンタクトレンズを使いますか。多くの人は後者だと思います。

 このように人に環境を合わせるためには、それぞれの人がかかえる困難を適切にアセスメントし、それに応じた環境調整をするための知識とテクニックが必要になります。

 特に認知的な障害の支援については、医療の知識だけではなく、人間の認知に関する心理学の知識、そして具体的な環境調整の知識が必要です。それが私の専門としている障害支援技術であり、エルゴノミクスです。障害支援技術というのは、障害によって「できなくなっている」ことを工学的に補ったり、能力を拡張したりする技術のことです。

 エルゴノミクスとは、健康で安全に人が働くためにどのように環境を調整すればいいか、について考える学問です。「安全な医療-安心社会の構築」を目指して、誰もが安心して社会参加できるようにするには、従来の医療の視点以外に上記のような視点を持つことが重要です。このような視点に立った学問は、仕事に活かせるだけではなく、自身が実際に困ったときに役に立ちます。


重要ポイント
① 誰もが歳をとれば障害者になる
② 障害は医療モデルから社会モデルで考える時代へ
③ 人を環境に合わせるのではなく環境を人に合わせる

岡 耕平
助教
岡 耕平 (おか・こうへい)
プロフィール

1978年生まれ、大阪府出身。2007年大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程を単位取得退学。2009年博士(人間科学)。2006年より日本学術振興会特別研究員を経て、2007年から2011年まで東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野特任助教。2011年より現職の滋慶医療科学大学院大学助教。
知的障害のある人のガイドヘルパー、小規模作業所での作業支援、職場内での就労支援コーディネートの経験をもとに、障害や病気で困難をかかえた人の生活・学習・就労を支援するための、テクノロジーの活用や環境調整による具体的な支援方法とその効果について研究。著書に「バリアフリー・コンフリクト」(章担当、東京大学出版会、2012年)2005年日本認知心理学会優秀発表賞、2007年関西心理学会研究奨励賞、2011年日本職業リハビリテーション学会奨励賞受賞。


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