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〜認知・行動のメカニズムからヒューマンエラーの予防や事故防止を考える〜

No.08 医療安全における認知心理学的アプローチ
〜認知・行動のメカニズムからヒューマンエラーの予防や事故防止を考える〜

教員による医療安全の提言シリーズ ⑧

医療安全における認知心理学的アプローチ
〜認知・行動のメカニズムからヒューマンエラーの予防や事故防止を考える〜

滋慶医療科学大学院大学
准教授(博士・人間科学)
石松 一真



 医療では人間が中心的な役割を担っています。医療の安全や事故防止を考える上では、医療職場に介在する人間の要因(ヒューマンファクター)を理解することが必要不可欠となります。私たちは、外界から獲得(知覚)した情報を解釈(認知、判断)し、行動を選択します。

 このような人間の情報処理過程(図 1)で生じた「エラー」がヒューマンエラーとして表出することがあります。重大事故を含め、ヒューマンエラーに起因する事故は少なくありません。したがってヒューマンエラーの予防や事故防止を考える上では、人間の認知・行動特性を踏まえた『認知心理学的アプローチ』が有効となります。

 医療従事者が人間の認知・行動特性に関する知識を持つことは、自己の認知・行動特性やエラー傾向を知ることはもとより、患者の認知・行動傾向やエラーのリスクを評価する際にも役に立ちます。

 例えば、転倒の対策を考える上では、患者側の要因を把握することが必要となります。特に、加齢に伴う認知・行動特性の変化に関する知識は重要となるでしょう。高齢者の転倒の背景には、筋力やバランス能力の低下といった身体機能に生じる加齢変化とともに、注意や遂行機能といった認知機能に生じる加齢変化があげられます( Beauchet et al., 2009; Lundin-Olsson et al., 1997)。

 会話や読書、問題解決、推論などさまざまな認知課題を遂行する上で重要な役割を担っているワーキングメモリ(作業記憶、注参照)は、高齢者の転倒回避動作の正確さと関連することも分かってきています(図 2)。身体機能や認知機能の個人差は加齢に伴って大きくなるため、認知心理学的な観点から必要に応じて患者の諸機能を適切に評価することは、将来的な転倒リスクの軽減につながるかもしれません。

 “To Err Is Human”といわれるようにヒューマンエラーを完全になくすことはできません。事故を防止し、安全を維持・確保するためには、まずはエラーの発生自体を防止する対策が必要となります。さらに、エラーが発生しても事故にならないように、発生したエラーを検出し修正する、あるいはエラーの拡大を防止するための対策が重要となります。人間の認知・行動特性を踏まえた『認知心理学的アプローチが、医療の安全を実現するための一助となる』ことを期待しています。

重要ポイント
① ヒューマンエラーは人間に共通の問題である
② 認知・行動に関する基礎知識の習得と活用
③ 自己や他者の認知・行動特性の理解


(注)ワーキングメモリ
作業記憶あるいは作動記憶とも呼ばれ、実験室や日常場面での認知的な活動において短期的な情報の保持と処理を担う記憶機能である。短期記憶の概念を発展させたもので、短期記憶が情報の貯蔵機能を重視するのに対し、ワーキングメモリは、会話、読書、計算、推理など種々の認知課題の遂行中に情報がいかに操作されるかといった、情報の処理機能を重視する。





石松 一真
准教授
石松 一真 (いしまつ・かずま)
プロフィール

1974年生まれ、鹿児島県出身。1997年早稲田大学人間科学部卒、99年同大学大学院人間科学研究科修了、03年大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得、04年学位取得(博士・人間科学)。産業技術総合研究所特別研究員、東京医科歯科大学難治疾患研究所助教、労働安全衛生総合研究所研究員などを経て、11年本学准教授。
著書に「脳とこころの視点から探る心理学入門」(共著、培風館、2011年)他。


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