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教員による医療安全の提言シリーズ(番外編)安全を考える

教員による医療安全の提言シリーズ(番外編)

安全を考える

学校法人・大阪滋慶学園
顧問
越智道雄



 「医療の安全―安心社会の構築」と題して、シリーズを続けていますが、ここで「安全とは何か」について広く考えてみたい。「安全から安心へ」―さまざまなところで、「標語」「スローガン」「モットー」などとして使われています。

 「安全・安心な国づくり」「安全・安心なまちづくり」は、政治家が選挙などの際に必ずといっていいほど口にされます。この場合、国づくり、まちづくりにおける「安全・安心」とは何を指しているのでしょうか。国家の安全保障、都市・町の治安、個人の生命安全などいろんな意味が含まれていますが、漠然とした表現と感じます。先日の総選挙においては「原子力発電の安全性」に焦点が当てられました。

 東日本大震災によって、原子力発電の「安全神話」が崩れ落ちました。安全が科学的に保障されてこそ、安心社会が築かれて、国民は安心して生活することができます。「安全」を信じたいのですが、「安全に絶対」はありません。昔、「このカーテンの新製品は絶対に燃えません」と公開発表時に、火をつけたところ、勢いよく燃え広がったという笑えない話がありました。

 2012年はとりわけ、安全を揺るがす出来事が数多くありました。トンネルの崩落事故、高速バスの運転事故、ツアーの遭難事故、エレベーターの開閉事故、食(生肉)の中毒事故―等々。それぞれに原因はありますが、すべてが「人為的ミス」「人災」と言ってもいいでしょう。だとすると、事前に手を打っておけばという気がしますが、いずれもが事故が起きた結果として、ミスの原因が判明する次第です。

 イタリアでは、学者による地震予知が外れた事で有罪判決を受けたというショッキングな事件がありました。政府から委ねられた学者が「地震が起きる可能性はない」と予知(これを安全宣言とするかどうか)しましたが、6日後に大きな地震が起きた結果責任によるものです。

 事ほど左様に、「危険を予知する」「事前に予測する」のがいかに難しいか。科学技術の進歩によって、予知の正確率は高まってはいますが、自然災害の場合はより困難と言えます。しかし、建築物や構造物の劣化、航空機や鉄道の運転システム、機械装置の操作などは「人の手によるもの」で、危険性について決して予測不可能ではありません。

 「医療の安全」は、医療者と患者、まさに「人の手によるところが大きい」わけです。人の手によるものだからこそ、より安全を追求する必要があります。いかにして危険要素を回避して、どのようにして安全性を高めるかが課題となります。その一方で、人の手によるものだから、厄介な問題ともいえます。ヒューマンエラーです。

 工学分野、モノづくりの世界では「人は間違いを起こす」という認識に立って、研究・開発そして製品づくりが行われています。「人間はミスをするもの」という前提で「フールブルーフ機能」(誤操作をしても危険を避ける工夫)を備え、仮に事故が起きても「フェイルセーフ機能」によって被害を最小限に抑えるというのが「安全設計の基本的考え方」となっています。

 経営学における「リスクマネジメント」は、まさに、この安全設計の考え方に相通じるところです。あらゆる危険要素(リスク)を想定しておいて、事前に排除するもの、あるいはリスクが発生しても被害・悪影響を軽微に抑える対策を講じておくこと。

 この「安全設計の思想」、「リスクマネジメント」が医療分野にも応用されようとしています。滋慶医療科学大学院大学は「医療安全管理学」を追究していますが、学問的にはまだ新しい領域です。医学、看護学、薬学などは当然のこととして、工学や経営学、法学、心理学、あるいはコミュニケーションなど幅広く学びます。教育と同時に研究を進めて、新領域となる「医療安全学」の確立を目指しています。

 2013年春には、同大学院大学の第一期生が修士課程を終えて卒業します。2年間、「医療安全管理学」を学び、その成果を医療現場や教育現場で「医療の安全」に向けて、それぞれの現場で実践していきます。

 2013年は、社会で、国民生活において安全を揺るがす出来事で騒ぐことなく、安心社会となることを願っております。


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