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No.29 医師の仕事、看護職の仕事

教員による医療安全の提言シリーズ 29

医師の仕事、看護職の仕事


滋慶医療科学大学院大学
教授(医学博士)
土屋八千代



 男性と女性の仕事への姿勢に違いはあるのでしょうか。医師(医学)と看護職(看護学)の違いはどこにあるのでしょうか。そのことを検討し、医療(看護)の質・安全を担保するために、看護職(私自身も含めて)にエールを送りたいという思いが強いことに気づきました。


 看護はFlorence Nightingale(1820~1910)の以前より母親の役割(女性の仕事)としてあったように、看護職者は概ね女性集団であり、最近男性が参入してきたとは言え、まだごく一部(5%程度)でしょう。一方、医学はHippocrates(紀元前460~375年頃の古代ギリシャの医師)の自然治癒力重視のホリスティック的視点から始まりますが、産業革命以降の科学の発展の影響により専門分化されていきました。


 ―看護はケアリング~患者さんと共に成長―

 医師は、最近女性が増加中とはいえ、男性集団です。医学の主体をなす診断や治療に必要な思考はいわゆる科学的(客観的)な思考であり、看護の主体をなす看護過程の展開に必要なのはCritical Thinking(批判的思考)ですが、その根底は「ケアリング」です。ケアやケアリングという言葉にはいろいろな考え方がありますが、ここでは私が気に入っているミルトン・メイヤロフ(Mayeroff Milton)の考えを紹介します。彼はケアリングの本質について「一人の人格をケアするとは、もっとも深い意味で、その人が成長すること、自己実現することを助けることである」と説いています。ケアリングは一つの過程であること、相互信頼と深化していく関係を通して、ケアの受け手も提供者も共に自律的に成長していくとしています。これこそが看護の原点であり本質であると考えます。私は臨床や教育の経験を通して、看護は「患者と共に成長する」ことを痛感してきました。


 Nightingaleは看護とは「患者の自然治癒力を阻害している環境を調整すること」とし、個人の有する自然治癒力を重視しています。Hippocrates とNightingaleの接点はわかりませんが、人間は身体的・精神的・霊的・社会的存在であり、病んだ器官や臓器だけを診ても人間をみたことにならない。病む人を全体で捉え、家族をも含めて一体として看ること、つまりホリスティック的視点が重要なのです。


 近代看護の創始者であるNightingaleは当初からそのことに気づき、自らの実践でそれを検証しました。彼女は現場に出ての実践の期間は短かったのですが「自らの経験からたぐりとってきたいのちと健康についての論理を看護の基本原理として結晶させ、その主張に揺ぎない確信と熱意を持っていただけでなく、その信念を実現することに生涯情熱を燃やしつづけた偉大な思想家でした。(看護覚書:訳、湯巻ます他、現代社、1993)」それに加えて、彼女は統計学者であり研究者、教育者でもありました。


 ―ナイチンゲールの看護思想は今こそ必要―

 彼女は100年も前からエビデンスに基づく看護を実践してきました。つまり彼女は男性的思考の持ち主でもありました。クリミア戦争での成果に対する報奨を基金として、セント・トーマス病院とキングス・カレッジ病院に看護の教育施設を創設し、そこの卒業生が現在の看護につながっています。100年以上も前に彼女が提唱した看護(新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさを適切に保ち、食事を適切に選択し管理すること―こういったことのすべてを、患者の生命力の消耗を最小にするように整えること)は、現在でも有効というよりは、人工的な環境に毒されている現代にこそ必要なのではないかと考えます。


 彼女は「看護とは誰かの健康に責任を負うもの」とするなら、女性はいつかは看護師なのだと考え、女性たちに「看護師的に考える」方法に関する助言を与えました(看護理論家とその業績、2004、医学書院)。看護は母親が育児をするように、または子が親を介護するように、その人の身体に手を当て、心に寄り添い、その人が自らの力で成長或いは回復していけるように、療養環境を整えます。Florence Nightingaleの著書『看護覚え書』に記載されているエピソードの一つ一つが含蓄に富んでいますので、看護職のみならず是非一読されることをお勧めします。


 しかしながら、現代の看護職はNightingaleほど強くはないように思います。複雑高度化した医療の場でその質や安全を担保していく場合に、障害となっている組織における権威勾配の問題が指摘されています。


 ―看護は専門職として自律(自立)―

 医師の仕事と看護職の仕事は基本的には独立したものです。医療の責任者は医師であることから、医師の指示のもとに行う業務があるのは当然ですが、それが全てではありません。『対象の回復に向かって医師と共働していくには、看護職にはもっと責務を自覚した研鑽が必要であることを痛感しています』ということを伝えたかったわけです。女性だからという甘えがあるとは言いませんが、自分を例にとっても女性には逃げ道があるように思えます。医師は主治医としての責務から逃れられませんが、看護職はチーム活動での責任の分担・拡散があるように思っています。このような環境条件から『看護が専門職として自律(自立)していかねばならない』と、痛感しています。




土屋 八千代
教授
土屋 八千代 (つちや・やちよ)
プロフィール

 福岡県出身。1973年下関看護専門学校卒、看護師免許取得。79年八幡大学(現九州国立大学)卒、85年日本看護協会看護研修学校(看護研究科)卒、93年国立公衆衛生院研究課程(現国立保健医療科学院)卒、01年日本大学大学院総合社会情報研究科修了(修士・人間科学)、02年昭和大学で学位取得(医学博士)。
 85―87年タイ―日本看護教育プロジェクトでタイ国赴任、90年聖母女子短期大学助教授、95年山梨県立看護短期大学(98年山梨県立看護大学)看護学部教授、01年宮崎医科大学医学部看護学科教授(03年宮崎大学)などを経て、11年本学教授。
 著書は「看護教員としてともにあゆむ日々」(医学書院、94年)「魂にふれるケア」(看護の科学社、95年)「看護事故予防学」(中山書店、02年)「苦手克服8事例看護研究」(日総研、07年)など、9作(共著含む)。
 専門学校、大学、研修学校、大学院など「学び」をステップアップ、教員としても国内外の多方面で活躍、著書も多数。「自ら学ぶ」「教える」「書く」ことを通じて、幅広い、奥の深い「医療安全学」の教育に注力している。


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