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平穏死 ~ 穏やかな最期のために ~

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開催情報
開催日時 2016年9月10日(土)
開催時間 14:00~16:00( 受付13:15~)
参加費用 3000円

演題概要

われわれは、人生最期の迎え方について、今までになく考えなければならない時に来ています。

日本は世界一の長寿社会になりました。延命治療法は次々と開発されます。自分の最期の迎え方を選べるはずなのに、どこまで延命処置を受けなければならないのか判らなくなっています。我々は老いて衰えて最期は自分の口で食べなくなります。実はこれは身体が生きることを終える証なのです。

最終章での必要な水分や栄養の量はどんどん減っていきます。死ぬのだからもう要らないのです。入れない方がむしろ穏やかに逝けるのに入れるのです。多くの人は人生の最終章が来たら、病院で管だらけになって死ぬのは嫌だと言います。しかし親や連れ合いの最期が来ると、救急車を呼んで病院に送ります。

点滴や経管栄養(胃瘻)をして、頑張らせなければならないのでしょうか。反って苦しめることにならないのでしょうか。我々は自然の摂理を無視して、医療に過剰な期待をしているのではないでしょうか。
今改めて医療のあり方を考えなければならないのです。‘一人しかいない私のお母さん、どんな姿でもよい、いつまでもこの世に居て欲しい’というあの家族の感情、その思いはわからないではありません。
しかし本当は理性の問題なのです。家族自身が、何が親のためになるかを考えるべきです。何れは自分の番が回って来ます。一人一人が自分の問題としてとらえ自律すべきです。老衰という自然の摂理を認識し、医療は本来人のための科学であることに戻り、最終章における医療の役割、介護の使命を認識する時です。

私が作った「平穏死」という言葉の意味は、単なる延命治療が意味をなさないのであれば、それをしなくても責任を問われるべきでないという主張なのです。生きて死ぬ、自然の摂理、死の高齢化の大波はもうわれわれの足下をすくい始めています。 「自然」とはそもそも「自(おのず)から然(しか)り」、しっかり生きて、そして最期に自然に従ってこれでよかったと思いたいものです。

コーディネーター/豊田 百合子

担当講師

石飛 幸三 氏

社会福祉法人 世田谷区社会福祉事業団
世田谷区立特別養護老人ホーム 芦花ホーム 医師

慶應義塾大学 医学部 卒業(1961) 消化器外科専攻。その発展の為に血管外科の必要性を感じて1970 年からドイツ、フェルディナンド・ザウアーブルッフ記念病院で血管外 科医として勤務。1972年より東京都済生会中央病院で血管外科の応用手術に励むとともに、30年間に渡って脳梗塞の予防を目的とする頸動脈内膜摘除術やピッチャー(野球)の血管損傷の手術法の発展に寄与した。
老衰へどこまで医療が介入すべきかを考え、9年前より特別養護老人ホーム芦花ホームに勤務し、現在に至る。